新幹線延伸から2年、魚処・金沢でいま「焼き鳥」が異常な熱気を帯びている理由
金沢 焼き鳥の常識が、ここ数年で根底から覆りつつある。近江町市場に並ぶ冬の加能ガニ、白身の王様・ノドグロ――そんな「魚介一色」の観光イメージを抱いてこの街を訪れた人間は、夕暮れ時の繁華街で鼻腔をくすぐる濃厚な炭煙に面食らうことになる。2024年春の北陸新幹線敦賀延伸を経て、観光バブルが成熟期を迎えた2026年現在、金沢の夜の覇権を握りつつあるのは、驚くべきことに串を打たれた地鶏だ。
冷たい雨が石畳を濡らす片町の裏通り、暖簾の隙間から覗く店内は平日にもかかわらず熱狂的な賑わいを見せている。東京や京都の予約困難店に日参するような食通たちが、わざわざ夜の金沢 焼き鳥を目指して北陸へと新幹線を走らせる光景は、一昔前なら誰も想像しなかったはずだ。魚の街で、なぜこれほどまでに鶏と炭火の文化が先鋭化し、独自の進化を遂げたのか。その最前線を追った。
海鮮一強の牙城を崩す、地鶏ルネサンスと能登の息吹
金沢において、焼き鳥は長いあいだ「安酒を流し込むための大衆食」という位置づけから脱していなかった。名乗る名物といえば金沢おでんや治部煮であり、外から訪れる客の関心ももっぱら日本海の幸に集中していたのは事実だ。
その均衡を破ったのが、能登半島の生産者と若手料理人たちの連帯である。震災からの復興過程で改めて見つめ直された能登地鶏や、羽咋周辺で放し飼いされる地鶏のポテンシャル。運動量が生む強い筋繊維の歯ごたえ、奥能登の潮風を浴びて育つ家禽特有の澄んだ脂の旨味に目をつけた店主たちが、仕入れの構造を一変させた。毎朝丸鶏の状態で届く新鮮な素材を、店主自らが骨格を把握しながらミリ単位で脱骨し、串に打つ。従来の冷凍肉をタレで誤魔化すスタイルは一掃され、いまや一串ごとに鶏の命の輪郭を際立たせるスタイルが金沢の主流派に躍り出ている。
炭と塩への異常な執念:珠洲の揚げ浜塩と能登珪藻土七輪の再評価
金沢の焼き鳥を語るうえで、熱源と調味料の独自性を外すことはできない。職人たちが絶対の信頼を寄せるのは、能登半島の珠洲で今なお手作業で作られ続けている珪藻土七輪だ。断熱性に極めて優れ、内部の赤外線効率を限界まで高めるこの調理器具は、炭の火力を余すところなく鶏肉の芯へと届ける。
燃料には紀州や土佐の備長炭だけでなく、地元石川や近隣の硬質なナラ炭が好んでブレンドされる。立ち上る煙の薫香をコントロールするためだ。さらに、振りかける塩には400年以上の歴史を持つ珠洲の「揚げ浜式製塩」による海水塩が選ばれる。大粒で塩角がなく、ミネラルとほのかな甘みを湛えた結晶が、強火で表面をクリスピーに焼き上げられた皮の脂と溶け合う瞬間。その破壊力たるや、淡白な白身魚の刺身を完全に霞ませてしまうほどだ。
片町のディープな横丁からひがし茶屋街の隠れ家まで、二極化する街の地図
現在の金沢における焼き鳥シーンは、明確に二つの極へと分化し、それぞれが独自の生態系を築いている。
一方は、片町や木倉町、あるいは中央味食街に代表される昭和の残り香漂う横丁文化だ。大人が肩をぶつけ合い、生ビールや地元のハイボールをあおりながら、煙まみれになって塩焼きのシロ(豚モツ)や名物の手羽先を頬張る。ここには金沢の市民が昔から慈しんできた、泥臭くも愛おしい日常が脈々と息づいている。
もう一方は、ひがし茶屋街や主計町などの景観保全地区、あるいは新竪町の路地裏に潜むおまかせコース専門のカウンター店だ。古民家をモダンに改築した数寄屋造りの空間で、ジャズや炭の爆ぜる音だけが響く中、ワイングラスを傾けながら一本ずつ供される串を味わう。コース価格が1万円を超えるこうしたラグジュアリーな焼き鳥店は、感度の高い国内旅行者や海外のフーディーたちを惹きつけてやまない。この「横丁の喧騒」と「洗練された静謐」のコントラストこそが、現在の金沢の懐の深さを示している。
地酒大国だからこそ成立する「串と酒」の過激なペアリング
焼き鳥の躍進を後押ししている決定的な要素が、石川県が誇る圧倒的な日本酒カルチャーだ。淡麗辛口のトレンドを抜け出し、米の旨味と酸をしっかりと立たせた「山廃仕込み」の聖地である石川の酒は、実は鳥類の濃厚な脂や炭の薫煙とこれ以上ない親和性を見せる。
天狗舞や菊姫、手取川といった名蔵の純米酒を、あえて熱めの燗につけてもらう。鳥肌が立つほどジューシーなセセリの肉汁が口内にあふれた瞬間、その燗酒を流し込む。脂がふわりと溶け、米の旨味と混然一体となって喉を滑り落ちていく感覚は、冷たい吟醸酒と刺身のペアリングでは決して味わえない、官能的な体験だ。最近では、能登のワイナリーが手がけるナチュラルワインや、金沢特産の加賀棒茶を使ったクラフトカクテルを串ごとに合わせる店も増えており、酒場の実験場としての熱量は全国でも屈指のレベルに達している。
若手職人たちの越境:和食とフレンチの技法が落とし込まれた一本
焼き鳥の概念を拡張しているのは、他ジャンルから転身した30代から40代前半の若手店主たちだ。京都の名割烹で修行を積んだ料理人や、ビストロでシャルキュトリー(食肉加工品)を極めたシェフたちが、続々と焼き鳥の焼き台に向き合い始めている。
彼らが持ち込んだのは、徹底した温度管理と熟成の概念だ。部位ごとに熟成庫で数日間寝かせて水分を抜き、旨味成分を凝縮させる。レバーやハツといった内臓肉には、低温調理で均一に火を入れたあとに炭火の強火で一瞬だけ表面をクリスピーにキャラメリゼするような、フランス料理の火入れ技術が惜しみなく投入される。タレにも、加賀名産の丸大豆醤油や金沢の伝統的な甘口醤油をベースに、香味野菜やスパイスを独自の比率でブレンドしたエスプリが光る。単なる「串焼き」を超えた、極小のポーションによる一皿の完成された肉料理がそこにある。
予約困難の現実とツーリズム摩擦:地元客の日常を守るための模索
しかし、このブームは同時に新たな摩擦も生み出している。大手予約サイトやSNSの拡散によって、一部の有名店では数ヶ月先まで席が埋まり、地元民が仕事帰りにふらりと暖簾をくぐることが不可能になりつつあるのだ。
「観光客で賑わうのはありがたいが、昔からの常連さんが入れない店にはしたくない」。片町の老舗で焼き台を守る店主は、眉をひそめながらそう本音を漏らす。そのため2026年の現在、一部の店舗では「完全紹介制」へ舵を切ったり、早い時間は旅行者向けのコース枠、21時以降は近隣住民のための単品注文枠と時間を分けたりする防衛策が取られ始めている。加熱する人気の中で、いかに地元コミュニティの居場所としてのアイデンティティを保ち続けられるか。金沢の焼き鳥文化は今、食の快楽の頂点にあると同時に、成熟した地方都市が抱える観光と日常のバランスという難問のただ中に身を置いている。 (出典: 金沢 焼き鳥(Yahoo!ニュース))